あとうのあのひと ①移動販売車トイトイ号(ほほえみの郷トイトイ 石田億之さん)

 地方の暮らしが抱える課題は年々複雑化しています。高齢化、人口減少、そして生活インフラの減退――その中で、「自分たちの地域を自分たちで守り、支える」という思いで地域づくりに携わり地域のためにアクションをおこす人々がいます。ここ阿東地域に暮らす人々の声に耳を傾け、課題を共有しながら、未来をつくるための新しい仕組みやつながりを日々模索しています。

 この「あとうのあのひと」シリーズでは、そんな地域に真正面から向き合う人にクローズアップし、紹介していく記事シリーズです。移動販売車をはじめ地域のために考え、地域の暮らしを支える取り組みを続けるほほえみの郷トイトイ 石田億之さんに今回は焦点を当てていきたいと思います。阿東地域内を巡回する移動販売車トイトイ号、「安全・安心な暮らし」を提供するため、移動販売車トイトイ号は地域にとってどんな存在か、またどのような思いで取り組みを続けているのか、そしてそこに込められたビジョンとは何なのかなど――お話を伺いました。(取材日:2019年)

目次

早急な対策が必要な買い物難民・買い物弱者への支援

 現在、日本の買い物難民・買い物弱者の人口 は推計で 700 万人と言われ、日本の人口のお よそ 17%を占めています(出典:経済産業省 「買物弱者・フードデザート問題等の現状及 び今後の対策のあり方に関する調査報」)。

出典:内閣府「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果
出典:美祢市商工会「平成29年度美祢市の買い物環境等に関する実態調査」

 また、買い物難民人口は年々増加の一途を辿っています。 特に、買い物弱者の増加傾向は、地方におけ る高齢者で顕著に表れています。例えば、山口県美祢市秋芳地域における高齢者を対象とした調査では「日常の買い物に何らかの不便を感じる」と回答した割合は実に89%でした。(出典:美祢市商工会「平成29年度美祢市の買い物環境等に関する実態調査」)このようなことから、高齢者を中心とした買 い物難民・買い物弱者に対する、早急な対策が望まれています。

買い物難民・買い物弱者支援として 注目される食品宅配サービス市場

 このような中、買い物が困難な高齢者への支援策として、食品を中心とした宅配サービスが注目を集めています。ある調査では、食品宅配サービスの総市場規模は、2019 年度で 2 兆 1,470 億円に拡大すると予測されていま す。 

図:拡大する食品宅配サービス市場

過疎高齢地域で成長を続ける移動スーパー「トイトイ号」

 山口県山口市の阿東地区という過疎高齢地域では、地域住民が運営する地域スーパー「NPO法人ほほえみの郷トイトイ」があり ます。このトイトイでは、店舗に足を運べない方のために移動スーパー「トイトイ号」を運営しています。過疎高齢地域における買い物難民支援として導入されたにも関わらす経営が立ち行かず撤退する移動スーパーが少なくない中、このトイトイ号は毎年お客様が増加し、売り上げを伸ばし続けています。その理由を移動販売車業務の責任者であるトイトイの石田億之さんに密着し、トイトイの移動販売車についてお伺いしていきます!

写真:移動販売車でお客様のお買い物を見守る石田億之さん

事例から学ぶ! 移動スーパー5つの秘訣

秘訣その1 陳列

 トイトイ号が稼働する日は、毎朝 1時間~2時間ほどかけ、商品を移動販売車に詰め込みます。この時、心掛けているポイントとして、次の3つが挙げられます。

  • 基本的にお年寄りは大きな変化を好まないため、商品はおおむね決まった場所に陳列する
  • ただし、曜日によるルート別に売れ筋商品は異なるため、ルートに合わせ、詰め込む商品を若干変える
  • 限られたスペースを有効に活用するため、よく買っていただく商品をできるだけわかりやすい前方の場所に置く

 移動スーパーはお客様の顔の見えるビジネスであるため、できるだけお客様の好みを販売員が把握し、詰め込み時に反映させることがコツと言えます。

秘訣その2 コミュニティ

 移動スーパーのスタッフがとるべき「接客」とは、どのようなものなのでしょうか?例えば、親身に、積極的にお客様に声をかけ、じっくりと話し込むことが理想的な接客であると考える方も多いのではないでしょうか?しかし、トイトイ号の石田さんはそのような接客をしません。お客様に対する接客はおおむねこのようなものです。

  • まず初めに、お客様に挨拶をする
  • ちょっとした日常の会話を挟む
  • その後は、ダラダラと話込むのではなく、お客様同士で会話をしてもらう

 このような接客には理由があります。実は、移動販売のルートごとに、お客様同士の小さなコミュニティが出来上がっているのです。そして、石田さんを含めたトイトイのスタッフは、これからも地域の住民が安心して暮らしていってもらうために、この「コミュニティ内の会話・情報交換」は非常に重要な要素であると考えています。そのため、コミュニティ内の会話をお客様が自主的・積極的に楽しんでもらうために、石田さんは過度な接客や話しかけはやりません。

 ところで、他の過疎高齢地域では移動スーパーの失敗例の報告が繰り返しなされています。移動スーパーが失敗してしまう大きな要因の一つとして、移動スーパー側の「コミュニティの軽視」が挙げられると考えています。移動スーパーの運営側が、商品の販売にばかりに目をやり、コミュニティを軽視した場合、地域住民の足も遠のいてしまうのだと考えているからです。対して、NPO法人ほほえみの郷トイトイは設立当初から、「地域住民への生活必需品の提供」を通じて、地域コミュニティの維持・活発化を目的に運営されています。コミュニティを意識した接客は移動スーパー運営において、非常に重要なポイントであると言えます。

秘訣その3 選んでもらう

 石田さんは移動スーパーを決して「食品の宅配」とは捉えていません。あくまで移動する「スーパー」であるべきだと考えています。つまり、トイトイ号のコンセプトは、地域住民が歩くことが可能な場所まで「食品を運ぶこと」ではなく「スーパーを運ぶこと」なのです。これは「人には、どんな状況でも自分の目と手で商品を選び、納得して買いたいという欲求がある」という考えに基づいていると石田さんは言います。

写真:お客様自身で商品を選ぶ、移動スーパーでお買い物をする

 そのため、あるお客様が、毎回必ず買う商品があり、石田さんもそのことを知っていても、決してその商品を石田さんが取り出しお客様に渡すことはしません。お客様が自分の手で取ってもらうことに意義があると考えているからです。

 また、商品は自分の手で取って選んでもらうため、お客様は商品をコンテナや陳列棚から取り出したり、広げて選ぶことができます。あるいは、販売スタッフが先に商品を広げ、お客様が選びやすいようにします。

 移動販売の効率化を考えれば、このような作業は後からまた元の場所に戻すことを考えると、無駄であり時間と労力のかかる作業かもしれません。しかし、このような心配りがお客様に長らくご利用いただけるポイントなのですね。

秘訣その4 気配り

 先程のように、商品をコンテナや陳列棚から取り出し、並べた後、スタッフは次の移動の前には商品を元のあった場所に戻す必要があります。この元に戻すタイミングが重要です。石田さんたちは、お客様が商品を一通り見終わったからと言って、広げた商品をすぐに元の場所に戻すことはしません。商品を選んだお客様がお会計の段階に入り、お客様の注意が商品を選ぶことから、お客様通しの会話に向いたころを見計らい、そっと商品を整理し始めます。

写真:(左)必要な時だけお手伝い (右)買い物がひと段落してから片付け

 やっぱり、お客様が商品を広げたそばから店員が商品を整理していると、お客様も気が引け、自由に商品を広げれないからなのです。また、高齢者のお客様の中には、自分たちで食べきれない量の食材を大量に買おうとすることもあるようです。前の日に同じ食材を買ったことを忘れたり、あるいは、移動スーパーの商品を見て気持ちが大きくなって思わずいろんなものをかごの中に入れてしまったりと言うことの様です。お店側からすると、たくさんの商品を購入してもらえることはとてもありがたいのですが、石田さんはそのようなケースではあえて、声をかけ、大量の購入は避けてもらうように言います。

 トイトイスタッフの思いは商品をたくさん売ることではなく、あくまで地域の住民が安心して暮らしてもらうことにあるからです。このような気配りをすることで、トイトイ号は高齢のお客様だけでなく、遠方に住んでいるその方のご子息などからも信頼されています。「今日はトイトイ号が来る日だから母ちゃん、ちゃんと買い物しといてね」なんて、息子さんから毎週、電話がかかってくるお客様もいるほどです。

秘訣その5 お客様ごとのサービス

 日常の買い物が困難なお年寄りへの支援策として移動スーパーを導入する地域は多いです。しかし、この点について、大きな盲点があります。それは、「移動スーパーを導入すれば、それで買い物難民・買い物弱の対策は万全である」と考えることです。この安易な考えは非常に大きな危険をはらんでいます。なぜなら、日常の買い物が困難なお年寄りと言っても、その方々の身体の状態は様々だからです。例えば、移動スーパーを利用されるお客様の中には、次のような方がいらっしゃるでしょう。

  • 日常の歩行は可能だが、遠方のスーパーでの移動手段のない方
  • 日常の歩行は可能だが、重い荷物の上げ下ろしはつらい方
  • 日常の歩行は可能だが、買い物荷物の持ち運びははつらい方
  • 日常の歩行は若干のつらい方

 このような方々がいらっしゃる場合、「移動スーパーさえ導入すれば日常の買い物の支援は万全である」とは決して言えません。先程、商品はお客様に選んでもらうようにしていると説明しましたが、場合によっては、お客様の体調に合わせて、お客様の要望を聞き石田さんが商品を選であげたり、購入した商品をお客様の家の玄関まで運んであげたり、というようなサポートをされています。と言うのも、移動スーパーが家の近所まで来てくれても、それでも買い物が困難な高齢者の方はいらっしゃるからなのです。

 移動スーパーの商品を自由に取って選べる方、移動スーパーの周りを歩くことはできても、商品を取り出すことが困難な方、移動スーパーの周りも歩くのが困難な方、様々です。移動スーパーが来れば、「ハイ、万事OK」などでは決してありません。石田さんはお客様をひとくくりに考えるのではなく、一人一人の体調を考え、お客様に合わせ、その場で臨機応変に対応しています。このような姿勢がお客様や地域の信頼につながっているのだと、今回実感しました。

移動販売車が地域を支え、買い物弱者を救う日

移動スーパーと経営努力

 今回は、過疎高齢化の進む地域で活動する移動スーパートイトイ号が、なぜ年々お客様と売上を増加させているのか、その秘訣についてレポートしました。

写真:トイトイ号を軸に集まる地域コミュニティの輪

 ここから見えてきたことは、移動スーパーは単にルートに沿って移動し商品を販売するということではない、ということです。非常にきめの細かいサービスと経営努力を積み重ねていらっしゃいます。しばしば、新聞やテレビ報道などで、補助金
を活用し移動スーパーを導入したが、採算が取れず撤退した、と言った事例を目にします。そのような事例に基づき、「地域の移動スーパーを維持させるためには開業資金だけでなく、運転資金も国や自治体の補助が必要だ」というようなことを話す専門家もいらっしゃいます。もちろん、そのような考えも一理あるとは思います。しかし、このトイトイ号の例からみても、移動スーパーの運営には非常に繊細な経営努力と接客姿勢が必要であることが見えてきました。もし、移動スーパーの運営にお
いて、これまで見たようなお客様の視点と立場に立ったきめの細かい経営努力をせずして、運営費まで補助金に頼るような状況になったとすれば、一番困るのは地域の買い物に困難をきたす住民の方々なのではないでしょうか。

移動スーパートイトイ号の可能性

 「移動スーパーは究極のサービス業なんです」とおっしゃっていた石田さんの言葉は非常に印象的です。石田さんをはじめとしたNPO法人ほほえみの郷トイトイのスタッフは全員、地域の住民が安心して暮らしてもらえるため、日々、使命感を持って働かれています。日本の過疎高齢地域における買い物困難者・買い物弱者の対策として、トイトイ号のような移動スーパーが増えることを、切に望みます。

写真:移動スーパートイトイ号は、地域の安心と安全を守るため今日も阿東地域を走る

筆者(サイト運営者)

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