「オンライン帰省サービス」をきっかけにつながる新しい地域づくり ~農山村と都市部の企業との連携~

 コロナ禍初期、多くの人が不安を抱えながら暮らす中、農山村地域ではどのように暮らしを支え、人や地域とのつながりを守ろうとしていたのでしょうか。今回は、山口市阿東地福にある「ほほえみの郷トイトイ」事務局長である高田新一郎さんに、当時の取り組みや、そこから始まった企業との連携についてお話を伺いました。

インタビュイー

 ●NPO法人ほほえみの郷トイトイ(事務局長) 高田新一郎さん

 ●三谷小学校、阿東中学校、山口高校を経て、県外の大学を卒業後、阿東町役
  場に勤務。40歳で退職し、地元・阿東の地域づくりに本格的に取り組む

インタビューアー

 ●元山口市地域おこし協力隊 松戸基緒美

 ●東京から阿東へIターン移住、地域おこし協力隊卒業後もほほえみの郷トイト
  イでさまざまな業務に従事

目次

コロナ禍をきっかけに、「オンライン」でのつながりを模索

 2020年、全国を襲った新型コロナウイルスの感染拡大。都市部だけでなく、人口の高齢化が進む農山村地域でも、感染リスクに対する不安と社会的孤立が広がりました。そんな中、山口県阿武町の地域拠点「ほほえみの郷トイトイ」では、人とのつながりを絶やさないための挑戦が静かに始まっていました。

 オンライン帰省や移動販売の拡充、そして企業との連携による実証実験――。地方ならではの知恵と柔軟性が、やがて「新しい地域づくり」へとつながっていきます。

 本記事では、コロナ禍初期から現在まで、地域の現場で何が起こり、どのような変化が生まれたのかを、トイトイの事務局長に聞きました。企業との協働や、高齢者を支える仕組み、そして今後の展望について深掘りします。

コロナ禍でもつなぐ人と人、「オンライン帰省サービス」実施へ

--2020年の春、新型コロナの影響が全国に広がり始めた時期、阿東地域ではどのような変化がありましたか?

 阿東地域も最初は都市部ほどの人口が密になる機会は少ないため、最初はそこまで緊張感はなかったんです。その一方で高齢者が多いので、「感染したら命に関わる」という意識は次第に強くなっていきました。特に大きかったのは5月の田植えの時期と重なったことです。毎年、都会に出ている子どもや孫が帰省して手伝いにくることが、緊急事態宣言が出たためにできなくなってしまった…という声がたくさんありました。

--家族に会えないことは、特に高齢者の方に精神的にも大きな影響がありそうですね。「オンライン帰省サービス」の取り組みが出てきたのもその頃でしょうか?

 そうですね。「毎年の田植えに会っていた、離れて暮らす家族や孫に会いたい」「物理的に会えないが、一目でも会えればいい」という声が地域から聞こえることが多くなって…。以前ICT導入の際にiPad講習会をしていたこともあり、移動販売車の利用者の方を対象に、iPadでZoom経由でご家族とつなぎ「オンライン帰省サービス」を無料でやってみようということになりました。

--Zoomを使うにはメールアドレスなどの登録が必要ですよね。でも、高齢の方にはハードルが高かったのではないでしょうか?

 その通りです。高齢者の方自体は「一目会えるなら」と協力的な方がほとんどでしたが、「オンライン帰省」は前例がないことだったので、ご家族の方にメールアドレスの登録をお願いしようとしたときに、「個人情報が心配」「メールアドレスを持っていない(または悪用されるのではないか)」といった否定的な声もあり、なかなか一筋縄ではいきませんでした。でも、地域の高齢者の方が離れて暮らす家族に、画面越しでも会えるのを楽しみにしておられたので頑張らねばと実施に向け努めました。

--そのハードルを越えて、「オンライン帰省サービス」が実際に行われましたが、利用者の方はどんな反応でしたか?

 一利用者あたり20分間という短い時間ながら、家族の様子を画面越しにお互いに笑顔になる皆さんの姿をみて「やってよかった」と感じました。当初は4月27日から5月8日までの12日間を予定していましたが、「オンライン帰省サービス」を希望される声が多かったため、10日まで延長し約2週間サービスを実施しました。

--前例がないことをするのは大変だったと思いますが、こうして地域の方から笑顔になる取り組みをコロナ禍という大変な状況の中で実施できた。ということは地域にとっても大きな意味があったということですね。

 そうですね。その当時「オンライン帰省」なんていう言葉はなかったのですが、この取り組みの後に政府がさまざまなサービスについて「オンライン〇〇」と定義づけたので、それ以降はすんなりと受け入れてもらうことができたと思います。

「オンライン帰省サービス」をきっかけに、トイトイ(NPO)×企業の図式完成へ

--そうしたなかで、この「オンライン帰省サービス」を契機に株式会社アイシンさんとの連携が始まったと聞きました。

 そうなんです。「オンライン帰省サービス」はさまざまなメディアで取り上げられ、それをきっかけにトイトイ(NPO)×企業という図式が生まれることになりました。株式会社アイシンさんから「地方の暮らしに、自社の技術を活かせないか」と問い合わせがあったんです。無人運転の送迎や移動販売のサポートなど…最初は愛知県内の地域に声をかけられていたそうですが、なかなか地域から反応が得られなかったということで、阿東地域なら技術を生かせるのではないか、と。それで、私たちトイトイに声がかかったんです。

--実証実験の受け入れに迷いはありませんでしたか?

 「地域の未来にプラスになることならやってみよう」という思いがありました。まずは移動販売車の利用者の方々に聞き取りを行い、その内容をアイシンさんに共有しました。その後、コロナが少し落ち着いた時期に、実際に担当者の方が阿東地域に二拠点暮らしをはじめて、地域の方の声に寄り添い交流を深めていこうということになりました。

--仮住まいにはトイトイが地域の空き家から改修して用意されたそうですね。

 ええ、一時的に改修してアイシンさんへはリースという形で提供し、一定期間が過ぎたらトイトイの所有に戻す仕組みにしました。実証事業には委託料もついていたので、それを地域の活動に活かすこともできました。

--企業との連携が、新しい地域づくりの形を生んだということですね。コロナ禍で、移動販売車の重要性も改めて感じましたか?

 移動販売車は、コロナ禍でも休むことなく、感染対策を万全にして地域を巡回し続けました。感染リスクを避けたいという人が多くて、不特定多数の利用するスーパーには行かずに、私たちの販売車を利用したいという方も新たにいらっしゃいました。店舗の売上は減少しましたが、移動販売車の売上はむしろ伸びていきましたね。

--コロナ禍の中で新しいお客さんも増えたわけですね。

 そうですね。「今まで車で買い物に自力でいっていたから使ったことがなかったけど、意外と便利だった」「免許を返した人などもっと特別な人しか使えないと思ってたけど、実際に使ってみたらそんなことはなかった」など、嬉しい声をたくさんいただきました。コロナ禍で都心部ではマイナスなことが多かったかもしれませんが、阿東地域のような人口が減少している地域では、コロナ禍をきっかけにかえってつながりが深まったと感じましたね。

--一方で、コロナ禍の影響で地域の集会や地域のイベントなどが軒並みなくなるなど、トイトイ工房の仕出し事業には厳しい面もあったのではないでしょうか?

 イベントの中止が相次いで、仕出しの注文は大きく減りました。でも、その売上減少のマイナスな部分は移動販売車がカバーしてくれました。私たちは常に、「人とのつながりを絶やさない」という気持ちで動いていたので、それが少しでも伝わったのなら嬉しい限りですね。

コロナ禍がもたらした、新しい地域づくりの取り組みのこれから

--現在はコロナ禍を過ぎ、地域にも以前の賑わいが戻っていますね。最後に、今後の地域づくりについての想いをお聞かせください。

 企業の最新技術と農山村地域の暮らしが出会うことで、新しい価値が生まれると実感しています。トイトイの活動はまだ道半ばですが、外の力と中の想いをうまくつなぎながら、地域の未来をつくっていきたいですね。

--ありがとうございました!

筆者(サイト運営者)

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